特集・コラム

しっかりした職業作曲家を育成して、世にあふれる音楽の質を向上させたい


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渡邊崇 インタビュー

■大阪音楽大学に入学したいきさつは?

もともと工業系の大学に行きながらハードコアやパンクのバンドをやっていて、そのバンドはそこそこ人気も出たんですが、それだけでは食えなくて大工をやったりしてたんですね。で、この先どうしようかなと思い始めた頃にカナダのジャズ・バンドとツアーをする機会があって、そこで彼らからバルトークの弦楽四重奏のCD をプレゼントされたんですが、それがすごい衝撃で。僕らのバンドもハードコアを経てアヴァンギャルドな方向に行ってた時期だったんですけど、自分が前衛だと思ってた音楽よりも攻めてるというか。それで自分も弦楽四重奏を書きたくなって、音楽大学に行こうと思ったのが26 歳のとき。

■大学ではどんなことを学びましたか?

ひとつは和声学というクラシックの語法によるコード進行の勉強で、まずはルールを覚えて、その通り音を並べていくと音楽が自然に流れると。その感覚が身につくと、今度はひとつひとつの音の性格がわかってくる。音にはそれぞれ性格があって、ルールを学ぶことで音の個性がわかってくるんですね。もうひとつ重要だったのは楽曲分析の授業で、音楽全体の構造を学びました。それまでは目の前の一部しか見えていなかったのが、構造を学ぶと全体を見渡せるようになる。音楽は時間に沿って流れる時間芸術ですが、頭中には一瞬として存在していて、それを絵画のように眺められるようになるんです。

■作曲はセンスや才能に依存する部分も大きいと思いますが、技法や分析も重要だと。

ええ。センスだけでは結局、過去に聴いてきた音楽を知らず知らず真似するだけになりますし、たとえ独自の技法を発明できても今度はそこから抜け出せなくてセルフ・カバーになっていく。技法や楽曲分析を身につけていれば新しい語法を見つけやすいし、形を変えて提示できるんです。仕事として作曲をするうえで絶対に必要ですね。あと、作曲以外の授業では哲学が役に立ちました。作曲もそうですが、何かを考えるときにひとつの見方しかできないようではダメで、いろんな面から見て、自分と違う意見も想定しなければいけないと。その考え方はためになりましたね。

■一般教養も学べる点は音大ならではですね。では、作曲家として仕事が増えていった理由をどう考えていますか?

ひとつは、僕の音が変わってることだと思います。よく言われるんですけど、僕の音には“ 渡邊崇” って名前が書いてあって、聴けばわかると。もうひとつは、CMならCM を、映画なら映画を尊重する姿勢かな。CM 音楽を依頼してくる人は商品を売りたいわけだし、映画音楽を依頼してくる人は映画をおもしろく見せたいわけで、僕の音楽をアピールする必要はないんですよ。自分をアピールするんじゃなく、無私に徹することができるようになってから仕事しっかりした職業作曲家を育成して、世にあふれる音楽の質を向上させたい作曲家が途切れなくなりましたね。

■2016年度に新設されるミュージッククリエーション専攻の講師を務めるそうですね?

はい。世の中にはクラシックの知識を持った映像音楽の作曲家が足りていないと思うんです。だからしっかりした職業作曲家を育成して、世にあふれる音楽の質を向上させたい。僕の授業では映画音楽を作って学びますが、それに必要な技術はすべて教えますし、映像の読み方や音楽を入れるタイミングまで教えたいですね。特に映画音楽は一歩引かなければいけないし、そうすることでいかに映像の魅力を引き出すかが重要なんです。それを身につけるために、ひとつのシーンに対して生徒各自に音楽を作ってもらい、それによって映像の見え方が変わることを体感し、監督の意図を表わす音楽はどんなものか考える。そういうふうに考えることが、他の作曲との違いですね。映画音楽に限らず、とにかく音楽が好きで、もの作りに没頭したい人はすごく楽しめると思いますよ。何より映画音楽に必要な“ 一歩引く”ということは相手の考えを察することなので、あらゆる読解力や洞察力が養えます。それはポピュラーやCM 音楽にも直結しますし、プロデュースといった仕事にも応用できます。そして作曲というのは、しっかりした技術を身につければ充分に仕事として成り立つということも伝えたいですね。

 

【渡邊崇 Profile】
76年、広島県出身。大阪の工業大学を経て、大工仕事などと並行してパンク系バンドの活動を行う中、バルトークの弦楽四重奏を聴いて作曲家への転身を決意。26歳で大阪音楽大学に入学し、作曲を学ぶ。卒業後はCMをはじめ、平林勇監督や石井裕也監督らの映像音楽に関わる。13年の映画『舟を編む』で日本アカデミー賞優秀音楽賞を獲得、今最も注目を浴びる作曲家のひとりだ。
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『映画「舟を編む」
オリジナル・サウンドトラック』
渡邊崇
リトルモア/ LMCE-1007